大判例

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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)405号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、別紙第一物件目録記載の診療受付票発行装置を製造し、販売してはならない。

二  被告は、原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告の特許権

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している(争いがない)。

(一) 発明の名称 診療受付票発行方法

(二) 出願日 昭和六〇年一〇月一五日 (特願昭六〇-二三〇五八七号)

(三) 出願公告日 昭和六三年一二月九日 (特公昭六三-六三九五七号)

(四) 登録日 平成元年一〇月一二日

(五) 登録番号 第一五二二〇二〇号

(六) 特許請求の範囲

「患者の投入したカードの記録情報を読み込む読み取り手段と、診療科名を入力する入力手段と、各診療科毎の受付番号を印字して排出する受付票プリンターとを備えた一又は複数の受付器と、

前記読み取り手段によつて読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、各診療科毎の現在の受付番号を記憶する記憶手段と、その受付番号記憶手段によつて記憶された受付番号をもとに各診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段とを備えた一台の管理装置と、初診患者の受付と診療費用の会計処理を行なうホストコンピュータと、

からなり、各受付器が受け付けた再診患者の受付情報とホストコンピュータに入力された初診患者の受付情報を前記管理装置に送り、この管理装置において、各受付器及びスホトコンピュータによつて受け付けた患者の各診療科毎の受付番号を設定して該当する受付器又はホストコンピュータへ送り、受付器において、その設定された受付番号を受付票に印字して排出するとともに、ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送ることを特徴とする診療受付票発行方法。」(添付の特許公報〔以下「公報」という。〕参照、以下「本件特許請求の範囲」という。)

2  本件発明の構成要件(争いがない)

本件発明の構成要件は次のとおり分説するのが相当である。

〈1〉 患者の投入したカードの記録情報を読み込む読み取り手段と、診療科名を入力する入力手段と、各診療科毎の受付番号を印字して排出する受付票プリンターとを備えた一又は複数の受付器を有すること。

〈2〉 前記読み取り手段によつて読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、各診療科毎の現在の受付番号を記憶する記憶手段と、その受付番号記憶手段によつて記憶された受付番号をもとに各診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段とを備えた一台の管理装置を有すること。

〈3〉 初診患者の受付と診療費用の会計処理を行なうホストコンピュータを有すること。

〈4〉 各受付器が受け付けた再診患者の受付情報とホストコンピュータに入力された初診患者の受付情報を前記管理装置に送ること。

〈5〉 前記管理装置において、各受付器及びホストコンピュータによつて受け付けた患者の各診療科毎の受付番号を設定して該当する受付器又はホストコンピュータへ送ること。

〈6〉 受付器において、その設定された受付番号を受付票に印字して排出すること。

〈7〉 ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送ること。

〈8〉 診療受付票発行方法であること。

3  本件発明の作用効果(争いがない)

本件発明の作用効果は次のとおりである。

(一) 再診患者の持参したカードに基づいて受付番号を自動的に設定して発行するのみならず、ホストコンピュータ側で入力された初診患者の情報に基づいて、これら再診患者のみならず初診患者についても受付番号を設定することができ、従来の受付器のように初診患者のみ手作業で受け付ける必要がなく、初診患者の診療が不当に早く行なわれたり或いは遅く行なわれたりする不都合も解消される。

(二) 各受付器によつて受け付けられた情報を管理装置側で受けて、この管理装置で診療科毎の受付番号を設定するから、受付器が一台であつても或いは複数台であつても、常に各診療科毎に受付番号が設定されることになり、病院の規模に応じて一個乃至複数個の受付器を任意に選択して、経費節減を行なうことができる。

(三) 会計処理を行なうホストコンピュータ側から患者の会計処理を終えた旨の情報が送信されるため、仮に診察を受けて費用を支払わないで帰宅する患者があつた場合でも、この管理装置側で容易に把握することができ、かかる不良患者の跳梁を排除できる。

二  被告の行為

被告は、業として、再来患者受付機と、これをホストコンピュータに接続するために再来患者受付機側で使用されるホストコンピュータとの通信用プログラムを組み込んだ再来患者受付機を製造し、かつ、ホストコンピュータに接続してこれを販売している。再来患者受付機は、これをユーザーである病院のホストコンピュータに接続することにより、各病院において再来患者受付システムを構築するために用いられる装置である(以下、右再来患者受付システムを「被告方法」と指称し、ホストコンピュータを含む、被告方法の構成機器全体を「被告装置」と指称する。)。被告は、次のとおり、ホストコンピュータとの通信用プログラムを組み込んだ再来患者受付機をそれぞれホストコンピュータに接続して横須賀市立市民病院及び財団法人宮城厚生協会坂総合病院に販売した(以下、被告の販売した右各再来患者受付機を接続したホストコンピュータを含む診療受付票発行用の構成機器全体を、順次「第一被告装置」「第二被告装置」という。)。

1  横須賀市立市民病院の第一被告装置

被告が販売した再来患者受付機は合計三台であり、それらはいずれも中継管理機を介さず同病院のホストコンピュータに直接接続されている。右ホストコンピュータには、株式会社インテックが開発した患者情報送信手段、受付番号記憶手段及び受付番号設定手段を持つ、コンピュータプログラムが組み込まれている。また、再来患者受付機をユーザーのホストコンピュータに接続するためのホストコンピュータ側で使用される通信用プログラムも同社が製造販売したものである。

2  財団法人宮城厚生協会坂総合病院の第二被告装置

被告が販売した再来患者受付機は合計三台であり、それらは一台の中継管理機を介して同病院のホストコンピュータに接続されている。右ホストコンピュータには、株式会社富士通が開発した、初診再診受付手段、会計処理手段、収納処理手段、受付情報処理手段等を持つコンピュータプログラムが組み込まれている。

三  原告の請求の概要

被告方法が本件発明の技術的範囲に属すること、被告装置はこれを本件発明の構成要件に即して整理すると別紙第一物件目録記載のおりとなること、被告装置は本件発明の実施にのみ使用する物に当たること、ホストコンピュータとの通信用プログラムを組み込んだ再来患者受付機をホストコンピュータと接続して同受付機を販売することにより、被告は被告装置全体を製造販売していることを理由に、〈1〉 被告装置の製造販売の停止と〈2〉 被告が被告装置の製造販売により得た利益額六〇〇万円(一〇〇〇万円〔被告装置一システム当たりの販売価格〕×二〔売上台数〕×三〇パーセント〔利益率〕)の賠償を請求。

四  主な争点

1  被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか。すなわち、

(一) 被告方法は、本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の構成を具備しているか。右の「管理装置」はホストコンピュータと別体のものに限られるか。

(二) 被告装置は、本件発明の構成要件〈7〉の「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送る」の構成を具備しているか。

(1) 「会計を終了した患者」とは、「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」と「会計計算を終了した患者」の、いずれを意味するか。

(2) 被告装置は「送る」の構成を具備しているか。

2  被告装置は、本件発明の実施にのみ使用する物に当たるか。被告は被告装置全体を販売しているといえるか、その一部である再来患者受付機及びその付属機器のみを販売しているに過ぎないか。

3  被告が損害賠償責任を負担する場合、被告が支払うべき原告に生じた損害金額

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(一)(被告方法は、本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の構成を具備しているか)

【原告の主張】

1 本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の意義

本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」は、ハードウェア(機械装置)として見た場合、必ずしも初診患者の受付と診療費用の会計処理を行う、構成要件〈3〉のホストコンピュータ(以下単に「ホストコンピュータ」という。)と別体のものに限定されるものではない。両者が一体化されたもの、すなわち、ホストコンピュータ内に内蔵された、患者情報記憶機能、各診療科毎の現在の受付番号記憶機能、右受付番号をもとに各診療科の新たな受付番号設定機能を果たすホストコンピュータプログラムによつて、本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」と同一の機能を実現し得る装置も、右「管理装置」に該当する。その詳細は次のとおりである。

一般によく言われるように、ハードウェアとしてのコンピュータは、その動きを制御したり、作業をさせるための指示を与えるソフトウェア(プログラム)がなければ「ただの箱」であり、ハードウェアとしてのコンピュータは、プログラムと一体となつて初めて使用用途のある装置として完成する。すなわち、ハードウェアとしてのコンピュータは、それだけでは単にプログラムの収納箱にすぎず、使用用途に応じて、そこに例えば会計計算業務の処理プログラムを載せてそれを実行させれば会計装置として作動し、或いは受付票発行業務の処理プログラムを載せてそれを実行させれば受付票発行装置として作動するというように、もともと各種の業務処理プラグラムを載せてそれらを実行させることによつて、多種多様な使用用途に応じた装置として幅広く活用できるように予め設計された、汎用性のある機械装置である。しかも、コンピュータの処理速度は極めて高速であるから、各種のプログラムの切替を頻繁に行いながら作業を進めることによつて、異種の作業を殆ど同時並行的に実行させることが可能であり、そのことによつてコンピュータは一台で何役もの機能を果たすことができるのである。しかし、その場合も、通常一台のコンピュータで同時に処理できる作業は一つに限られるのであるが、ただ処理が非常に高速に行われているため、これを使用している人間にとつては、あたかもコンピュータが異種の作業を同時に処理しているかのように見えるにすぎず、コンピュータの内部では各機能を実現するそれぞれのプログラムが異時的に作動し、しかも、それらは磁気ディスクなどの媒体の中のそれぞれ決められた記憶域に整然と区分して格納されているのである。したがつて、このようなコンピュータのハードウェア及びソフトウェアの特質から考えると、ハードウェアとしてのコンピュータに組み込まれた各プログラムそれ自体を一つの独立した装置とみることもできる。

また、ハードウェアとしてのコンピュータの中には、見かけ上は一つの装置のように見えても、実際には複数のCPU(中央演算処理装置)すなわち複数のコンピュータを内部に備えたマルチプロセッサのものもあれば、逆に見かけ上は複数の装置のように見えても、単独のCPUを内蔵したにすぎないものもある。そして、複数のCPUを備えている場合、複数の作業を同時並行的に処理するために、それぞれCPUに別々の作業を分担させる場合と、一つのCPUを時間ごとに切り換えて処理させる場合とがある。前者の場合、CPU毎に別の収納箱に納めて見かけ上も別体にする場合もあるが、必ずしも全ての場合にそのような構造が採用されるとは限らず、そのような見かけ上の構成の差異は、当事者が使用用途に応じて適宜選択できる単なる設計事項にすぎない。

以上のようなコンピュータのハードウェアとソフトウェアの両面におけるそれぞれの機能及び相互の関係に照らして考えると、コンピュータにある複数の情報の処理を行わせる場合、見かけ上の装置構成としては種々のものが考えられ、そのこと自体はコンピュータ技術上さして重要な事柄ではない。したがつて、コンピュータ装置の異同の判断に際して、見かけ上の装置の異同にのみとらわれるのは相当ではなく、むしろ、それらによつて実現される機能に着眼して対比判断をすべきである。この点について、特許庁の審査基準である「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての運用指針」(昭和五七年一二月発行)には、「1・4・1 マイクロコンピュータ応用技術に関する発明のとらえ方と発明の成立性の考え方」の項の〔説明〕において、「マイクロコンピュータによる情報処理、制御の作動を実現するのはソフトウェアである。一般にソフトウェアは、一連の処理操作の時系列的つながりであるから、そのカテゴリーは方法発明に属するものと考えられる。しかし、ソフトウェアにより働かされるマイクロコンピュータによつて実現される情報処理又は制御は、マイクロコンピュータ応用技術全体からみると、種々の機能の集まりにより実現されていると考えることができる。そして、上記種々の機能に対応してそれれの機能実現手段が存在するものと考え、マイクロコンピュータ応用機器に関する発明は、これらを構成要件とする装置発明としてとらえることができる。」と記載されており、また、対比判断の基準について、2・4(同一性・進歩性)・1(先行技術〔他の発明〕との対比判断を行う際に注意すべき事項)・1(装置発明の場合)の項において、「マイクロコンピュータにより果たされる機能に着目して、対比判断を行う。例えば、[1] マイクロコンピュータにより果たされる複数の機能が、「マイクロコンピュータ」等でくくつて記載されている場合でも、各機能が個別の手段により実現されているものとしてとらえ、機能に着目して対比判断を行う。)[2] ある機能が個別のハードウェアにより実現されている場合でも、実現手段によつてもたらされる効果が普通に予測される効果をこえるものでなければ、その実現手段の差異にとられわることなく、機能に着目して、対比判断を行う。」と記載されている。

したがつて、上記の観点からすると、本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」は、ホストコンピュータと別体の装置に限定されるものではない。

2 被告装置の管理装置の構成及び作動態様

被告装置の管理装置の構成及び作動態様は、これを本件発明の構成要件に即して整理すると、別紙第一物件目録記載のとおりであり(以下この項において各装置に付記した番号は、同目録及び別紙第一図面記載の装置の付記番号に対応する。)、被告装置において、ホストコンピュータ9内の管理装置8は、読み取り手段1によつて読み込まれた患者情報を記憶するコンピュータプログラムからなる記憶手段5、各診療科毎の現在の受付番号を記憶するコンピュータプログラムからなる記憶手段6と、その受付番号記憶手段6によつて記憶された受付番号をもとに各診療科毎の新たな受付番号を設定するコンピュータプログラムからなる受付番号設定手段7とを内蔵している。

3 本件発明の管理装置と被告装置の管理装置との対比

1、2において述べたところに従い、本件発明の管理装置と被告装置の管理装置とを対比すると、被告装置の管理装置は、ハードウェアとしてのホストコンピュータと一体に構成されてはいるが、ホストコンピュータ内に組込まれたコンピュータプログラムにより本件発明の管理装置と同一の機能を実現しているのであるから、本件発明の管理装置に該当するとみるべきである。したがつて、被告装置が本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の構成を具備していることは明らかである。

【被告の主張】

1 本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の意義

本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」は、ハードウェア(機械装置)として見た場合、ホストコンピュータとは別体のものに限られる。その詳細は次のとおりである。

(一) 明細書の記載

本件特許請求の範囲の記載に照らすと、本件発明の管理装置が患者情報の記憶手段と、各診療科毎の現在の受付番号の記憶手段と、その受付番号記憶手段によつて記憶された受付番号をもとに各診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段とを備えた、ホストコンピュータとは別体の機械装置として構成されていることは明らかである。また、本件特許出願願書添付の明細書(以下「本件明細書」という。)の実施例の説明及び添付図面を見ても、右管理装置は、一貫してホストコンピュータとは別体の機械装置の趣旨で説明されており、右管理装置をホストコンピュータと一体に構成してもよい旨示唆する記載は全く見当たらない。したがつて、本件特許は、管理装置がホストコンピュータと別体の機械装置として構成されることを当然の前提条件とする、特許出願人の認識のもとに出願され特許されたものである。

(二) 本件特許の出願経過の参酌

(1) 本件特許の出願経過

イ 本件特許出願の当初明細書の特許請求の範囲には、「1 受付患者の投入したカードの記憶情報を読み込み、かつ、各診療科毎の受付番号を印字した受付票を排出する一乃至複数の診療受付器を用いた受付方式であつて、上記各診療受付器からの受付情報を受け、かつ、設定された受付番号を該当する診療受付器へ伝達する通信手段と、各診療科毎の現在の受付番号を記憶する記憶手段と、前記各診療受付器から受けた受付情報、及び、上記受付番号記憶手段によつて記憶された現受付番号に基づいて、各診療科毎の新な受付番号を設定して前記通信手段へ出力する受付番号設定手段と、から構成されていることを特徴とする診療受付票発行方式。2 各診療科毎の現在の受付番号を表示するモニターと、前記受付番号設定手段によつて設定された受付番号を上記各モニターへ送信する送信手段と、を備えた特許請求の範囲第1項記載の診療受付票発行方式。3 各診療受付器によつて受付けた全受付患者の情報を記憶する記憶手段と、各診療科毎の受付患者リストをプリントするプリンターと、を備えた特許請求の範囲第1項又は第2項記載の診療受付票発行方式。」と記載されていた。そして、右特許請求の範囲の記載と発明の詳細な記載に照して考えると、出願当初の本件発明の内容は、管理CPUと接続しても、接続しなくても受付番号を設定し、それを印字した受付票を発行できる受付器と、管理CPU、表示モニター及びプリンターから構成されるものであつたが、管理CPUによつて各診療受付器で受け付けた全受付患者の情報を記憶すること、表示モニターによつて各診療科毎の現在の受付番号を表示すること及びプリンターによつて受付患者リストをプリントアウトすることは、あくまでも本件発明の付随的構成であり、本件発明の中核は、受付番号を設定し、その設定された受付番号を印字した受付票を排出することにあつた。なお、右明細書中には、管理コンピュータとホストコンピュータを接続し、両者間で交信が可能である旨の記載もあるが、その一方で、発明の効果として、「このような受付番号の設定と受付票の発行はホストコンピュータのような大型の装置が不要であり、より安価なコストで導入できるという効果がある。」との記載もあるから、やはり本件発明の中核は、受付器によつて受付番号を設定し、その設定された受付番号を印字した受付票を排出することにあつたものとみなければならない。

ロ 特許庁審査官は、昭和六二年六月一六日付で、本件特許出願について、本件発明は特開昭五七-三一〇七六号公報記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものと認められるとして、特許法二九条二項の規定に該当するとの拒絶理由を通知した。これに対し、原告は、同年一〇月九日付で、意見書と共に、明細書の特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載を補正した手続補正書(自発)を提出した。右補正後の特許請求の範囲の記載における主要な変更点は、管理コンピュータの機能を持つ装置を管理装置として独立させ、右管理装置を診療受付器と別体の構成要素として明確に位置づけたところにある。

ハ しかし、右補正も特許庁審査官の容れるところとはならず、同年一二月一七日付で、「先の引用例に示されているものは用意された受付カードを交付するものであるが、その都度印字して発券してもよく、このようにすることによつて自動化を図り得ることは、従来周知の整理券発行装置等から、当業者に明明のところである。その他の点は、従来病院の受付けシステムにおいて人手で行われていた事柄を、コンピューターによる自動化システムに置き換えるというに相当し、その手順等においても従来のマニュアルによる手順に倣つたものにすぎない。」として拒絶査定をした。

ニ そこで、原告は、昭和六三年三月一七日付で審判請求をするとともに、同年四月一五日付で審判請求理由補充書と手続補正書(特許法第一七条の二第四号の規定による補正)を提出した。右手続補正書において、原告は、従来の構成に、初診患者の受付と診療費用の会計処理機能を果たすホストコンピュータの構成を付加し、特許請求の範囲の記載に、〈1〉 ホストコンピュータに入力された初診患者の受付情報を管理装置に送り、初診患者と再診患者を総合して受付番号を設定すること及び〈2〉 ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を管理装置へ送る構成を付加した。

ホ その結果、同年七月一五日付で出願公告の決定がなされ、本件特許出願は、平成元年六月二日付で特許査定された。

(2) 以上の本件特許の出願経過に照らして考えると、受付器だけでは特許の対象とはなり得ないし、管理装置において受付番号を設定し、その設定された受付番号を受付器において受付票に印字して排出するという方法だけでも特許査定され得ないことは明らかである。また、管理装置において、初診患者と再診患者を総合して受付番号を設定することも、特許庁審査官の拒絶理由にもあるように、「従来病院の受付けシステムにおいて人手で行われていた事柄を、コンピューターによる自動化システムに置き換えるというに相当し、その手順等においても従来のマニュアルによる手順に倣つたものにすぎない」から、その点を特許請求の範囲の記載に加えただけでは、本件特許出願は特許査定されなかつたものと考えられる。結局、本件発明の特徴点は、管理装置をホストコンピュータのような大型の装置とは別体の装置として設け、かつ、この管理装置に患者情報の記憶機能と受付番号の設定機能を持たせるとともに、右各情報と会計終了情報を連繋させた点にあり、その点に新規性と進歩性を認められて特許査定されたものというべきである。したがつて、このような発明の要旨からみて、本件発明において、管理装置を独立の構成要件とせず、それと同一の働きをするプログラムをホストコンピュータに組み込み一体のものとして構成することはおよそ考えられず、両者が別体の装置として構成されることは本件発明の必須要件というべきである。

このように、本件発明は、受付番号を設定し受付票を発行する機能を実現する手段として管理装置を開発し、その管理装置によつて受付番号を一元的に管理し、これを診療受付器及びホストコンピュータに接続して使用する発明である。したがつて、本件発明の中核となる「管理装置」は、前示のとおり、あくまでも受付番号を管理する管理装置であり、しかも、この受付番号を設定し受付票を発行する機能は、受付器と管理装置のみで完結して果たすことができ、そこにホストコンピュータを全く必要としないものでなければならない。ホストコンピュータは、単に初診患者の受付と会計処理を行う目的で管理装置に接続された付随的構成要素にすぎない。以上のことから明瞭に理解できることは、原告の設計思想は、ホストコンピュータと診療受付器を連動させて受付票を発行するというのではなく、ホストコンピュータとは別体の管理装置を設け、その管理装置を診療受付器と連動させることによつて受付票を発行しようというところに、その主眼があるということである。

2 被告装置の構成及び作動態様

(一) 第一被告装置の構成及び作動態様

被告が横須賀市立市民病院に販売した再来患者受付機が接続された、第一管理装置の構成及び作動態様は、別紙第二物件目録記載のとおりであり、同病院では、ホストコンピュータに株式会社インテックが患者情報送信手段、受付番号記憶手段、受付番号設定手段を持つコンピュータプログラムを開発して組み込み使用している。同病院のシステムでは、受付番号はホストコンピュータで管理され、被告販売の再来患者受付機は、ホストコンピュータから指示される受付番号を、その指示どおり何の加工も加えず受付票に印字して排出しており、いかなる意味においても受付番号の記憶手段及び管理手段を有していない。

(二) 第二被告装置の構成及び作動態様

被告が財団法人宮城厚生協会坂総合病院に販売した再来患者受付機が接続された、第二被告装置の構成及び作動態様は、別紙第三物件目録記載のとおりであり、同病院では、再来患者受付機を中継管理機を通じて既存のホストコンピュータに接続し、右ホストコンピュータに、株式会社富士通の開発した、初診再診受付処理機能、会計処理機能及び受付情報処理機能等を有するコンピュータプログラムを組み込んで使用している。同病院のシステムでも、受付番号はホストコンピュータで管理され、被告販売の再来患者受付機は、ホストコンピュータから指示される受付番号を、その指示どおり何の加工も加えず受付票に印字して排出しており、いかなる意味においても受付番号の記憶手段及び管理手段を有していない。

3 被告装置と本件発明の管理装置の対比

以上で明らかなとおり、被告装置には、本件発明の管理装置に相当する装置が存在せず、右装置が備えている、患者情報記憶手段、各診療科毎の現在の受付番号の記憶手段、その受付番号記憶手段によつて記憶された受付番号をもとに各診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段による機能は、いずれもホストコンピュータに組み込まれた前記各コンピュータプログラムという、全く別個の手段によつて実現されている。このように、被告販売の再来患者受付機は、ホストコンピュータに中継管理機を介して、或いは直接接続されることにより、ホストコンピュータからの指示を実現するための装置であり、ホストコンピュータが初診患者と再診患者を総合して受付番号を設定していようが、再診患者にだけ受付番号を設定していようが、或いは両者ともに受付番号を全く設定していなくとも、それらのことに関係なく接続可能な装置であると同時に、ホストコンピュータと接続し、それと連動して使用されない限り何の機能も果たし得ない、単なるホストコンピュータの端末装置にすぎない。だからこそ、被告装置では、後記のとおりホストコンピュータから被告装置に対する会計を終了した患者の情報の送信という、本件発明では必須の構成も問題となる余地すらないのである。これに対し、本件発明の管理装置と受付器は、ホストコンピュータとは別体の装置であるだけでなく、ホストコンピュータに接続されなくとも、それら自体で完結して独自に受付番号の設定とその設定された受付番号を付した受付票の発行という、受付番号管理機能を果たすことが可能な装置であり、本件発明において、ホストコンピュータは、初診患者の受付と会計処理の必要上システムに付随的に付加された装置にすぎない。その結果、後記のとおりホストコンピュータから管理装置に対して会計を終了した患者の情報を送信するという構成の問題も不可避的に生じることになるのである。したがつて、被告方法と本件発明は、ホストコンピュータを含むシステム構成機器全体及びそれらに組み込まれたコンピュータプログラム全体をまとめて一つの装置として見れば、ほぼ同様の作用効果を奏していると考えることができるとしても、被告方法において、ホストコンピュータは、それ自体で会計処理と会計情報の把握という独自の機能を果たしているのであるから、ホストコンピュータに再来患者受付機を接続したからといつて、両者を一つの装置として一体的に観念することはできない。結局、被告方法と本件発明では、システム中に占めるホストコンピュータの位置づけに関する設計思想を根本的に異にしており、被告装置が本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の構成を具備していないことは明らかである。

原告は、この点について、コンピュータ装置の異同の判断に際して、見かけ上の装置の異同にのみとらわれるのは相当ではなく、むしろ、各機能を実現する手段の異同に着眼して判断すべきであり、見かけ上別体の装置であろうと、一体の装置であろうと、両者の技術的思想は同一と考えるべきである旨主張する。しかしながら、たとえ実現される機能が同一であるとしても、それを実現するための手段の工夫こそが発明の要素であるから、原告の言葉を藉りれば、正に「各機能を実現する手段の異同に着眼」すべきであり、そのような見地からすると、被告方法と本件発明は、この「管理装置」の機能を実現する手段において全く相違しているのであるから、原告主張は当たらない。

二  争点1(二)(被告装置は、本件発明の構成要件〈7〉の「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送る」の構式を具備しているか)

【原告の主張】

1 本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」の意義

本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」とは、「会計計算を終了した患者」を意味する。すなわち、通常、大病院における診療報酬の会計処理は、診療を終えた患者が看護婦から伝票等の会計書類を受け取り、これを自ら会計窓口まで持参し、病院の事務担当者が会計窓口で患者から受け取つたこの書類に従つて診療報酬情報をホストコンピュータの端末装置に入力し、その入力された情報に基づいてホストコンピュータが会計計算を行い、その計算結果に従い支払窓口で患者が支払を済ませ、計算書と領収書を受領するシステムとなつている。これは病院事務の簡素化を企図したものであり、看護婦又は病院の事務担当者が書類を会計部門に運ぶことにすれば、患者が会計窓口を素通りしても、病院としては社会保険給付分の診療報酬を請求すること自体は可能である。しかし、そのようにすると、病院側の事務量が大幅に増え、場合によつてはそのための専門の要員が必要になるなど、病院側のコストが増大し、その経営を圧迫することになりかねない。また、ある程度書類が溜まつてから運搬することにならざるを得ず、それだけ会計処理が遅延し、患者の待時間が増大することにもなる。そのため、一般に患者に書類を会計窓口へ持参させるシステムが採用されているのである。しかし、その場合も、患者が書類をそのまま持ち帰つてしまうか、或いはそれを破棄してしまうと、会計計算そのものができず、病院側としては、社会保険給付分の診療報酬の支払も受けられないという事態が生じるのを避けられない。これに対し、先に会計計算さえ済ますことができれば、たとえ右のような事態が生じても、病院側としては診療報酬の大半を占める社会保険給付分を取得することができるし、本人負担分を支払わなかつた患者については、計算書と領収書が手元に残つていることになるので、次回の診察時に請求したり、或いは再診を拒否したりすることもできる。したがつて、このように見てくると、受付患者の情報をホストコンピュータから管理装置に送るのは、病院側において当該患者が会計計算を終了したか否かを把握するためにこそ必要なことであり、本人負担分の支払の有無を把握するためであれば、それは従来からも行われていたことであり、そのために新たなコンピュータシステムまで構築する必要性はない。さらに、本人負担分の支払の有無についても従来のシステムによつて把握できていたのは、あくまでも会計計算を終了した患者についてのみであり、会計計算未終了者については従来からもそれは不可能であつたのであり、本件発明によつて初めてそれが可能となつたということができる。したがつて、以上の本件発明の目的から考えても、本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」が「会計窓口へ出頭して会計計算を受けた患者」を意味することは明らかである。

また、以上のことは、本件明細書の左記の記載からも十分裏付けられる。すなわち、

(一) 発明の詳細な説明の記載全体を通じて、そこで主として使用されている用語は「会計終了」「会計処理」などの語句のみであり、「本人負担分の支払」を示す趣旨の記載は一切ない。

(二) 発明が解決しようとする課題の項に、「会計を終えないで帰宅した患者をその診療科で容易に把握できるようにし」(公報4欄1行~3行)との記載があり、右記載に照らすと、本件発明の主たる目的は、前示のとおり、病院が、大量の患者のうちに発生する会計計算未終了者につき、社会保険給付分の診療報酬の請求も事実上できなくなることを防止する点にあるものとみられる。

(三) 実施例の項に、「ホストCPU59側から、診療を終えた患者の会計が終了したという情報が送信されると、前述したように、該当の受付番号表示を消去するとともに、各診療科の受付患者数をカウントダウンして、未診療患者の人数を減算する。」(公報12欄17行~22行)との記載があり、右記載に照らすと、受付番号の消去は診療終了者について行なうのであるから、送信されているのは会計計算終了情報であることが明白である。何故なら、モニターは、それを見た患者が自己の待ち時間を推測できるようにするものであるから、そこには診察終了の事実を反映させる必要があり、そのためには、会計計算を終了した患者の情報を管理装置に送れば、モニター表示のデータとしては必要かつ十分であるからである。もし、「会計終了」が被告主張のように「本人負担分の支払終了」を意味するものとすれば、「会計計算は終了したが、本件負担分の支払は未終了の患者」については、いつまでもモニターからその受付番号が消去されず、モニターは診療終了状況を表示する機能を果たし得ないことになる。

2 本件発明の構成要件〈7〉の「送る」の意義

本件発明の構成要件〈7〉の「送る」とは、「会計計算終了情報を、ホストコンピュータ内の会計計算終了情報が存在する特定のメモリ上の記憶域から、管理装置のメモリ上に存在する特定の受付番号情報記憶域に送り出す」という意味である。

すなわち、一般に、コンピュータ内部のすべての情報は電気の状態、つまり、電気が流れている状態を1、電気が流れていない状態を0として表わされる。そしてコンピュータが作成し、或いはコンピュータが取り込んだ情報は、すべてコンピュータ本体に内蔵され、CPU(中央演算処理装置)が直接使用するメインメモリ(主記憶装置)に蓄積されるが、このメインメモリは、一ビット(ビットはデータを表現する最小の単位で、0か1のどちらかで表わす一桁の数字)を単位としたメモリセルを八ビットをひとまとめにした、一バイトをコンピュータで扱うデータ量の基本的な単位として、それらを多数個集合させたものであり、一バイト毎に細分され、先頭から番号を割り振つてデータの格納場所を特定している。この番号をアドレス(番地)といい、各情報については×××番地から×××番地までというように特定の記憶域が定められている。本件発明においても、受付番号を付された患者情報はメインメモリの×××番地から×××番地まで、会計計算情報はメインメモリの×××番地から×××番地までというように明確に区分して格納されている。そして、そのことを前提条件として、コンピュータの中枢部であるCPUは、以下のようにして命令を実行する。すなわち、

〈1〉 CPUの制御装置がメインメモリから命令を読み込む。

〈2〉 読み込んだ命令がどういう命令かを解読する。

〈3〉 命令の実行に必要なデータがあれば、メインメモリから読み込んで、レジスタ(CPU内部に持つている記憶装置の一種。CPUが働く際に必要なデータや処理結果などを一時的に保存する。CPUと連繋して高速にやりとりができるが、記憶容量は小さい。)に保管する。

〈4〉 演算装置にレジスタからデータを与え、演算を行なう。

〈5〉 演算結果をレジスタに返し、メインメモリに格納する。

〈6〉 制御装置が次の命令を読み込む。

以上のステップが一つの命令を実行するサイクルであり、このサイクルを繰り返して、コンピュータはプログラムを実行していく。このようにCPUは、必要により、データをメインメモリから取り出し、それらを解読して処理するのであり、メインメモリはCPUの要求に応じて随時該当番地のデータをCPUに送り出すのである。したがつて、情報の送信とは、メインメモリ上の特定番地の記憶域の情報がデータ信号線を介して別のメインメモリ上の特定番地の記憶域に送られることを意味し、本件発明において、ホストコンピュータから管理装置へ受付患者情報を送るとは、このようにメインメモリ上の特定番地の記憶域に記録された受付患者情報を、同じメインメモリ上の特定番地の記憶域へ送り出すことをも含んでいる。すなわち、これを時系列的に説明すれば、〈1〉 会計情報記憶部の受付患者リストがCPUを介してメインメモリの空きエリアに送信されてコピーされる、〈2〉 このコピーされた受付患者リストにさらに会計情報記憶部と受付情報受付部からCPUを介して会計計算を終えた受付患者リストが送信される、〈3〉 〈1〉〈2〉の情報を総合して受付患者と会計終了患者の対比リストが作成される、という手順で処理が進行し、その結果、ホストコンピュータ内の会計計算終了情報が存在する特定のメモリ上の記憶域から管理装置のメモリ上の特定の受付番号情報記憶域に右会計計算終了情報が送信されることになるのであり、両情報を連繋して使用することも可能になるのである。

3 被告装置における「会計計算終了情報」の送信

被告装置では、ホストコンピュータ9の管理装置以外の部分から、会計の計算を終了した患者の情報がホストコンピュータ9内の前記管理装置8の部分へ送られている(別紙第一物件目録二4)。

4 本件発明の構成要件〈7〉の「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送る」の構成と被告装置の構成との対比

1ないし3において述べたところに従い、本件発明の構成要件〈7〉の会計を終了した患者の情報を管理装置側へ「送る」の要件について、本件発明と被告方法とを対比すると、被告装置でも、ホストコンピュータ内で2項で述べたのと同一の手順で処理が進行しており、被告装置において管理装置とホストコンピュータがハードウェアとして一本化されているとしても、ホストコンピュータ内の会計計算終了情報が、その存在する特定のメモリ上の記憶域から別の特定のメモリ上の受付番号情報記憶域に送信されている点において本件発明の「送る」の要件が充足されるのである。

以上のことは、被告装置において会計計算終了情報又は本人負担分支払終了情報と受付情報が連繋していることにより確認される。何故なら、前者の情報が送られていなければ、両情報の連繋はあり得ないからである。すなわち、

(一) 横須賀市立市民病院のシステムについて

(1) 会計計算終了情報の送信

別紙調査嘱託の結果の質問番号7(1)、7(3)、17(1)、19の調査嘱託事項及び回答によれば、「受付をした患者で会計計算されていない者のリスト作成は可能」、「受付未算定リスト(受付をして会計計算のされていない者のリスト)出力可能である」、「会計計算未終了患者の把握は、再来受付機導入時に必要が生じたため作成したプログラムである」、「(待人数の減算は)会計計算が終了した段階である」というのであるから、同病院において、会計終了情報と管理装置内の受付情報が連繋して使用されていることは明らかであり、「会計計算を終了した患者の情報」が管理装置に送られているということができる。

(2) 本人負担分支払終了情報の送信

仮に被告主張のとおり、構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」を「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」の意味に解するとしても、別紙調査嘱託の結果の質問番号10(3)の調査嘱託事項及び回答によれば、ある日の特定の科の受診患者のうち本人負担分未払者の受付番号を知ることができるというのであるから、同病院において、本人負担分支払終了情報と管理装置内の受付情報が連繋して使用されていることが明らかであり、「本人負担分支払終了情報」が管理装置に送られているということができる。

(二) 財団法人宮城厚生協会坂総合病院のシステムについて

(1) 会計計算終了情報の送信

別紙調査の結果の質問番号7(1)、7(2)及び19の調査嘱託事項及び回答によれば、「受付をした患者で会計計算されていない者を受付データベースと関連させて知ることが可能」、「請求書兼領収書が発行されると同時に会計終了情報が受付データベースに記録される」というのであるから、同病院において、会計終了情報と管理装置内の受付情報が連繋して使用されていることが明らかであり、「会計計算を終了した患者の情報」が管理装置に送られているということができる。

(2) 本人負担分支払終了情報の送信

仮に被告主張のとおり、構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」を「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」の意味に解するとしても、前記したとおり、「会計計算を終了した患者の情報」が管理装置に送られているのであるから、「本人負担分支払終了情報」も管理装置に送られていると推定される。

したがつて、被告装置は、本件発明の構成要件〈7〉の「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送る」の構成を具備している。

【被告の主張】

1 本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」の意義

本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」とは、「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」を意味する。すなわち、

(一) 診察を終了した患者が会計窓口に出頭し、そこで会計計算を受け、本人負担分の支払をするというのが、病院における一般的な会計処理の流れである。したがつて、本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した」とは、右会計処理が全て終了したこと、すなわち患者が本人負担分の支払までを完全に終了したことを意味する。本件明細書には、発明が解決しようとする課題の項に、「このように診療を受けながら費用を支払わないで帰宅する患者が、各病院においてかなりの数に上る。」(公報3欄25行~27行)との記載があり、本件発明の効果の項にも、「仮に診察を受けて費用を支払わないで帰宅する患者があつた場合でも、この管理装置で容易に把握することができ、かかる不良患者の跳梁を排除できるという効果がある。」(公報13欄5行~8行)との記載があり、用語の普通の意味から考えて、右各記載にいう「費用を支払わないで」との表現を原告の主張するように「会計計算を受けないで」の意味に解するのは到底無理である。「費用を支払わない」場合には、会計計算自体を受けない場合と会計計算を受けたが、本人負担分の支払をしない場合の二つの場合があるのであり、現実の社会保険給付制度の実情のもとで考えれば、患者が「費用を支払う」とは、本人負担分の支払までを完了することを意味することは明らかである。

(二) 本件明細書の発明の詳細な説明には、「ホストコンピュータが診察料の計算を行なうようにしている」(公報3欄17行~18行)との記載があり、右記載に照らすと、本件明細書では、「計算」の用語と「会計処理」の用語を明確に区別して使用していると認められる。したがつて、もし原告が主張するように「会計終了」が「計算終了」を意味するのであれば、計算終了と明確に記載されたはずである。しかしながら、本件明細書には「計算終了」の記載は一箇所もなく、かえつて、「会計を終了」「会計を終えないで」「会計処理を終えると」「費用を払わないで」「診察料の支払が終わると」などと記載されているのであるから、本件特許出願人自身「会計を終了した患者」を「全ての支払を終了した患者」すなわち「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」の意味に意識的に使用しているものというべきである。

(三) 病院は、たとえ、診察を終えた患者が会計窓口に出頭しなくとも、診察行為さえ終了していれば、社会保険給付分の診療報酬を請求受領することは可能であり、その関係では、病院にとつて「会計計算を受けていない患者」をその日の内に把握することは、さして重要な事柄ではない。つまり、「会計計算を受けていない患者」は、本人負担分の支払をしていないからこそ病院側で問題となるのである。したがつて、会計を終えないで帰宅した患者をその診療科で容易に把握できるようにするという本件発明の目的(公報4欄1行~3行)に照らせば、病院側で本人負担分の支払をしない患者を容易に把握できるようにすることこそ、本件発明の重要な技術的課題となるはずである。そうとすれば、本件発明の目的との関連では、「会計を終了した患者」とは、「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」を意味するものと解釈すべきである。

(四) 原告は、モニターに関する本件明細書の記載、すなわち「ホストCPU59側から、診療を受けた患者の会計が終了したという情報が送信されると、前述したように、該当の受付番号表示を消去するとともに、各診療科の受付患者数をカウントダウンして、未診療患者の人数を減算する」(公報12欄17行~22行)との記載を根拠に、モニターは、それを見た患者が自己の待ち時間を推測できるようにするものであるから、そこには診察終了の事実を反映させる必要があり、そのためには、会計計算を終了した患者の情報を管理装置に送れば、モニター表示のデータとしては必要かつ十分であるから、「会計を終了した患者」とは、「会計計算を終了した患者」を意味するものと解釈すべきである旨主張する。しかし、本件明細書のモニターに関する記載中には、患者に待ち時間を推測させるとの趣旨の記載は一切なく、モニターが患者のための装置であるとの趣旨の説明すらない。したがつて、モニターの趣旨を右の趣旨に理解することを前提とする原告主張は理由がない。

(五) 仮に「会計を終了した患者」の意義を原告主張のように「会計計算を終了した患者」の意味に解すると、会計伝票が病院職員の手によつて一括して診療科から会計窓口に回るシステムを採用している病院では、「診療を受けながら費用を払わないで帰宅する患者」(公報3欄25行~26行)は存在しないことになるから、本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送る」との構成は不要であるということになる。財団法人宮城厚生協会坂総合病院では、現に右のようなシステムを採用しているし、横須賀市立市民病院でも従来はそうであつた。しかし、会計を終えないで帰宅した患者をその診療科で容易に把握できるようにすることを目的とした、本件発明が右のようなシステムを採用している病院には妥当しないとは考えにくい。そうすると、この点からも、本件発明の目的は、本人負担分の支払を怠つている患者の把握にあるものとみなければならない。

2 被告装置の構成と本件発明の構成要件〈7〉の「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送る」の構成との対比

(一) 1において述べたとおり、本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」とは、「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」を意味するが、横須賀市立市民病院及び財団法人宮城厚生協会坂総合病院のシステムでは、本人負担分未払患者の情報と受付番号情報その他の患者情報は連繋して利用されていない。すなわち、横須賀市立市民病院のシステムでは、本人負担分未払患者の情報はホストコンピュータに未収金登録されるが(別紙調査嘱託の結果の質問番号16(1)(2)の調査嘱託事項及び回答参照、以下この項においては質問番号のみを記す。)、本人負担分未払患者の情報と受付番号情報その他の患者情報は連繋して利用されていない(16(3)、16(4)、19、20(2))。なお、質問番号10(3)に対する回答は、支払患者情報と受付番号情報その他の患者情報が連繋して利用されていることを意味しない。単に、残つた請求書により未払患者が判明するが、(16(1))、その患者の受付番号は当日分は記憶させてあるから、それを呼び出せば本人負担分未払患者の受付番号が分かるというにすぎない。また、財団法人宮城厚生協会坂総合病院のシステムでも、本人負担分の支払情報はコンピュータシステムに入力され、収納データベースに登録されるが(8)、会計情報(会計カード・収納データベース)と受付番号情報は連繋していないこと(16(3))、支払終了情報は他の事務処理のために利用されていないこと(20(2))からみると、支払終了情報が収納データベースに止まつたままになつていることは明らかである。以上のとおり、両病院のシステムでは、ホストコンピュータにおいて、支払終了情報は未収データベースに登録されるだけであり、受付番号情報と連繋して利用されていないから、被告装置が本件発明の構成要件〈7〉の本人負担分の支払を終了した患者の情報を「送る」の構成を具備していないことは明白である。

(二) 仮に、本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」を原告主張のように「会計計算を終了した患者」という意味に解釈しても、被告装置は、「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送る」の構成を具備していない。すなわち、横須賀市立市民病院のシステムでは、受付をした患者で会計計算をされていない患者のリスト作成が可能であり、会計計算が終了した段階で待人数の減算が行なわれるから、受付情報データと会計計算終了情報とが連繋している。また、財団法人宮城厚生協会坂総合病院のシステムでも、会計計算終了情報が受付データベースに登録されている仕組になつている。したがつて、両病院のシステムとも、ホストコンピュータの内部では受付情報と会計計算終了情報を連繋させて処理しているが、両病院のシステムには管理装置がないのであるから、そもそも会計計算終了情報を「管理装置」へ「送る」という構成もあり得ない。両病院のシステムでは、ホストコンピュータにおいて、会計処理プログラムにより会計計算が終了すると、その情報は会計データベースに登録され、同時に受付データベースにも登録される。つまり、受付データベースの会計の部分が書き直されるのである。この処理は、会計処理プログラムにより実行されるが、それはホストコンピュータに元々組み込まれているプログラムの機能であり、会計計算終了情報が格納されているメモリ上の特定の番地の記憶域から受付情報が格納されているメモリ上の特定の番地の記憶域へ、情報(データ)がデータ信号線を介して送られることとは全く無縁の事柄である。

(三) したがつて、以上いずれにしても、被告装置は、本件発明の構成要件〈7〉の「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送る」の構成を具備していない。

三  争点2(間接侵害の成否)

【原告の主張】

1 被告は、昭和六三年一二月九日(本件特許の出願公告日)以降、次の態様で被告装置を製造販売している。

(一) 製造

被告は、自己が販売する再来患者受付機に通信用コンピュータプログラム(ユーザーの要望に応じて、ホストコンピュータと有機的に連繋し得るものを被告が作成する。)を組み込み、これを既存の或いは新規納入される病院のホストコンピュータと結合し、試運転して何回かのプログラム修正を重ね、その結果、被告装置全体が完成する。したがつて、被告は被告装置全体を製造しているということができる。

(二) 販売

被告は、顧客から対価を得て右(一)の製造行為を行い、被告装置を顧客に納入している。右行為が他人所有のホストコンピュータに自己が提供する再来患者受付機及びコンピュータプログラムを結合させるものであるとしても、対価を得て被告装置を製造し、製造後の被告装置を顧客に納入しているのであるから、右行為は販売行為であり、特許法の譲渡行為に該当する。右対価の中にホストコンピュータの対価部分が含まれていないとしても、それは単に販売価格の問題にすぎず、そのことによつて右行為が販売行為であることを否定し得るものではない。

2 このように、被告は、被告装置全体を完成させ、これを製造販売している。そして、特許発明がA+Bの構成を有する場合に、ユーザーにおいてもともと所有するBにAを結合しA+Bの物件を完成すれば、特許侵害が成立する。また、本件発明は、方法の発明であるところ、被告装置は本件発明の方法を実行する物であり、被告装置に本件発明と異なる方法を実行させるためには、被告装置に組み込まれたコンピュータプログラムを変更しなければならず、その場合、変更後の物件は被告装置と全く異なる物となる。したがつて、被告装置は、本件発明の方法のみを実行する物であり、本件発明の実施にのみ使用する物である。

【被告の主張】

1 被告は、被告装置全体を製造販売しているのではない。その詳細は次のとおりである。

(一) 被告が製造販売しているのは再来患者受付機及びこれをユーザーのホストコンピュータに接続するために再来患者受付機側で使用される通信用プログラムのみである。原告の主張は、被告の行為を間接侵害の法律構成に適合させるためにする、こじつけの主張であり、被告の製造販売する再来患者受付機の技術的意義とその本質を無視した主張というべきである。被告の再来患者受付機の製造販売の実態を時系列的に説明すると、次のとおりである。〈1〉 被告は、画一的構造の再来患者受付機を製造する、〈2〉 被告は、ユーザー又はホストコンピュータメーカーの指示を受けて、通信用プログラムを作成し、それを再来患者受付機に組み込む、〈3〉 ホストコンピュータメーカーはホストコンピュータ側で使用される通信用プログラムを製作し、ホストコンピュータメーカーと被告は、協力してホストコンピュータと再来患者受付機を接続する、〈4〉 被告は、受付票が排出されるように再来患者受付機を調整する(ホストコンピュータが受付番号設定手段を有していれば、受付番号を印字した受付票が排出されるように調整する。)という手順で作業が進行される。この過程で、被告がホストコンピュータに組み込まれるプログラムを製作することはないし、再来患者受付機を接続するに当たつて、被告はホストコンピュータには何ら関与せず、原告主張の被告装置全体の末端部分の一部の製造に関与するだけである。確かに被告発行の説明書等では、システム全体が示されているが、それはそうしなければ被告の製造販売物件の説明ができないからである。

ところで、昭和六〇年代以前に既に受付番号を設定するコンピュータプログラムや患者情報を記憶するコンピュータプログラムが開発され、一部の病院のホストコンピュータに組み込まれていた。また、それらに接続される再来患者受付機も僅かではあるが開発され、伊丹市立総合病院や金沢大学付属病院に導入されていた。しかし、ホストコンピュータを有する病院では、そうした再来患者受付機を導入しなくとも、端末装置から人手によつて受付情報を入力することによつて、それなりにシステムが機能していたのである。財団法人宮城厚生協会坂総合病院の場合が正にそうである。ところが、昭和六〇年代に入り、それまで人手に頼つていた入力部分を自動化する機器が続々開発され、それらをホストコンピュータに接続して病院の受付事務を自動化する再来患者受付機が急速に普及するようになつたのである。被告の製造販売している再来患者受付機もそうした機器の一種であり、それは人手による受付情報の入力を自動化するとともに、ホストコンピュータの機能を効率化させるための機器でもある。こうした機器は、ホストコンピュータに接続することを当然の前提として開発されたものであり、ホストコンピュータとの関係では、その本質はその端末装置にすぎない。

以上の被告の再来患者受付機の製造販売の実態及びその機器としての技術的意義に照らせば、そのような再来患者受付機を被告が横須賀市立市民病院及び財団法人宮城厚生協会坂総合病院のホストコンピュータに接続したからといつて、被告装置全体を製造していることにならないのは自明であり、原告主張は、製造概念を不当に拡張しているというしかない。

(二) 前記の被告の再来患者受付機の製造販売の実態を素直にとらえれば、被告が横須賀市立市民病院及び財団法人宮城厚生協会坂総合病院に供給したのは、通信用プログラムを組み込んだ再来患者受付機だけであるから、本件では、本来再来患者受付機による間接侵害の成否こそ問題とされるべきであつたのである。しかし、被告の製造販売している再来患者受付機は、ホストコンピュータに組み込まれているプログラムの指示するままに受付情報を印刷した受付票を発行する装置であり、その機能は受付番号を印字して受付票を発行することに限定されるものではない。被告は、横須賀市立市民病院及び財団法人宮城厚生協会坂総合病院以外にも東京大学医学部付属病院及び東京歯科大学市川総合病院のホストコンピュータにも再来患者受付機を接続していたが、それらの病院では受付番号以外の受付情報を印刷した受付票ないし受診伝票が発行されている。したがつて、被告の製造販売している再来患者受付機は、本件発明の実施にのみ使用する物とはいえない。そこで、原告は、被告の行為が間接侵害に当たるとの結論を導くために、製造概念を不当に拡張し、ホストコンピュータやそこに組み込まれたプログラムを含めた被告装置全体を被告が販売しているとの、強引な主張をせざるを得なかつたのである。

(三) 原告は、特許発明がA+Bの構成を有する場合に、ユーザーにおいてもともと所有するBにAを結合し、A+Bの物件を完成すれば、特許侵害が成立する旨主張する。右主張は、ホストコンピュータをB、再来患者受付機をAとして、被告がA+Bの物件を完成させたとの趣旨の主張と考えられる。しかし、仮にそうであるとしても、本件発明は、B(ホストコンピュータ)から受付番号設定手段を取り出してC(管理装置)に移し、それと受付器を接続したのであるから、本件発明の構成は、正しくはA+Cと表現されるべきである。換言すれば、受付番号の設定は、本来ホストコンピュータでできるのであるから、「管理装置」なるものは、構成上ホストコンピュータと異ならないが、本件特許出願人は、ホストコンピュータを初診受付処理装置及び会計処理装置としてしか認識していなかつた、つまり、B(ホストコンピュータ)を「初診受付処理装置及び会計処理装置」と「管理装置」に分解したうえで連動させ、さらにこれに管理装置と受付器を接続したものであるから、本件発明の構成はA+b+cと表現されるべきである。いずれにしても、被告装置と本件発明とではその構成要素の組み合わせが全く異なり、発明の抵触の問題は生じる余地がない。

2 仮に被告の製造販売する再来患者受付機をホストコンピュータに接続すれば、そのことによつて被告装置全体を製造したことになるとしても、被告が全く関与せず、それとは全く関係のないホストコンピュータの会計処理機能に関する装置部分までも被告が製造したとする、原告主張は無理である。

横須賀市立市民病院及び財団法人宮城厚生協会坂総合病院のホストコンピュータは、会計処理のプログラムを有し、もともと会社処理とその情報把握機能を果たしていた。すなわち、調査嘱託の結果によれば、両病院のホストコンピュータは、会計処理を終了した段階で、本人負担分の支払の有無の情報を未収データベースに登録している。財団法人宮城厚生協会坂総合病院のホストコンピュータは、会計計算を終えると、その情報を会計データベースに登録すると同時に、受付データベースにも記録する。横須賀市立市民病院のホストコンピュータの場合も、その点を直接明確に示す回答はないが、回答内容全体から推測すると、ほぼ同様であると考えられる。そして、これらの処理は、いずれもホストコンピュータに組み込まれている会計処理プログラムによるものであつて、被告の製造販売する再来患者受付機の導入の有無とは無関係である。ただ、右再来患者受付機を導入することにより、従来人手によつて端末装置から入力されていた受付情報が、再来患者受付機からホストコンピュータに送られるようになつたにすぎない。横須賀市立市民病院の場合は、会計計算が終了すると待人数が減算され、受付情報が入ると待人数が加算されるが、これらの機能もホストコンピュータに組み込まれたプログラムによつて処理されているのであり、被告の製造販売する再来患者受付機は単にホストコンピュータに受付情報を送つているにすぎない。したがつて、どのような理屈を付けようとも、被告が被告装置全体を製造しているとの原告主張は失当である。

ところで、原告主張の製造概念によれば、再来患者受付機をホストコンピュータに接続さえすれば、被告装置全体を製造したことになり、そして、その場合ホストコンピュータに会計処理プログラムや受付番号設定プログラムが組み込まれていれば、その装置全体が本件発明の実施にのみ使用する物となり、再来患者受付機を接続した装置全体について間接侵害が成立することになる。そうすると、会計処理プログラムや受付番号設定プログラムが組み込まれたホストコンピュータを有する病院では、原告の製造販売する再来患者受付機以外の再来患者受付機を導入できないことになり、そうした結論が技術の進歩を阻害し、不当であることは明らかである。したがつて、その意味からも原告の主張は成り立ち得ない。

第四  争点に対する判断

一  争点1(一)(被告方法は、本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の構成を具備しているか。右管理装置はホストコンピュータと別体のものに限られるか。)

1  本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の意義

本件発明の構成要件〈2〉は、「前記読み取り手段によつて読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、……とを備えた一台の管理装置」というものであるが、「一台の管理装置」という場合の「台」とは、通常は、「車または機械などを数えるのにいう語」(広辞苑第四版一五三二頁)であり、助数詞(数量を表す語の下につける語、同一二九八頁)として用いられる語であるから、右「管理装置」は、用語の普通の意味からすれば、目視によつて数量を表すことが可能な、ホストコンピュータとは別体の、ハードウェアとしてのひとまとまりの機械装置を指称しているものと解される。しかし、本件特許は、コンピュータの応用技術を発明の対象とする、方法特許であり、ハードウェアとしてのコンピュータは、そこに各種のプログラムを載せて実行させることにより多様な機能を実現し得る汎用性のある機械装置であつて、しかも、本件特許請求の範囲には「前記読み取り手段によつて読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、……とを備えた」という以上に、「一台の管理装置」の構成を限定する記載がないことに照らすと、本件特許請求の範囲の記載だけでは、右「管理装置」が、前示のホストコンピュータと別体のハードウェアとしてのひとまとまりの機械装置の意味のみを有するものとは必ずしも即断できず、ハードウェアとしてのホストコンピュータの機能と同時に、ホストコンピュータに組み込まれたソフトウェア(プログラム)の機能をも包含した、「本件発明の所期する機能を奏せしめ得るひとまとまりの装置」というように、いわゆる機能的クレームを表現するものとして、より広義に解釈する余地が皆無とは直ちに言い切れない。したがつて、本件特許請求の範囲の記載だけでは、右管理装置の具体的内容を確定し難いところがないとはいえないから、更に本件明細書の他の記載等を参酌してその具体的内容を明らかにすることにする。

そこで、本件明細書をみると、本件発明の唯一の実施例の説明では、この「管理装置」の語句自体は使用されておらず、用語上右語句と極めて近似する「管理コンピュータ」の語句を用いて統一的に説明しており(公報7欄12行・13行・15行・20行、8欄40行、9欄1行・2行・7~8行、10欄38行・39行、11欄21行・29行・35行、36行・38~39行、12欄1行・9行)、実施例の記載全体を通覧すると、それらは、いずれも実質的には本件特許請求の範囲にいう「管理装置」の同義語として用いられ、しかも、ホストコンピュータとは概念的に区別される、別体のハードウェアとしてのコンピュータ装置を指す意味で使用されていることが明らかである(なお、右実施例の記載中、管理コンピュータに付記された番号41がCRT表示装置2の診療科目表示欄に付記された番号41と、管理コンピュータ41のCPUに付記された番号42がCRT表示装置2の診療内容表示欄に付記された番号42と、管理コンピュータ41のROMに付記された番号43がCRT表示装置2の受付番号表示欄に付記された番号43とそれぞれ重複しているが、それらはいずれも後者の物件の番号付記の誤記と認められ、また7欄44行に「リンター」とあるのは「プリンター」の誤記と認められる。)。この点を更に詳細に敷衍すれば、次のとおりである。すなわち、この管理コンピュータの内部構造の概略を具体的に図示した唯一の実施例である、願書添付図面第4図(公報(10)頁)には、管理コンピュータ41は、入力装置(処理対象となるデータなどをコンピュータ内部に入力する装置)として診療受付器1、入力キー52及びホストCPU59を、出力装置(コンピュータ内部で処理した情報を、人間が理解できるような形式にして、表示や印刷を行う装置)として診療受付器1、ホストCPU59及び一覧表リストプリンター50、科別リストプリンター51及びモニター56を、中央演算処理装置(入力したデータや記憶しているデータに対して、演算や移動などの編集、加工を行う装置)としてCPU42を、記憶装置(入力装置などで入力したデータを記憶しておく装要、コンピュータ本体にある主記憶装置と外部にある補助記憶装置を含む意味で用いる。)としてROM43、RAM44、全患者情報記憶部45、受付患者情報記憶部46、各科現受付番号記憶部47をそれぞれ有し、それ自体でハードウェアとしてのコンピュータ装置の基本構成を全て具備した、ひとまとまりの機械装置を表す状態で図示されており、その点は診療受付器1についても同様である(願書添付図面第3図〔公報(9)頁〕)。また、本件明細書の唯一の実施例の説明には、この「管理コンピュータ41」、「ホストコンピュータ」(ホストCPU59)、「診療受付器1」及び「モニター56」相互の関係が次のように記載されている。すなわち、〈1〉「このホストCPU用通信I/Oポート58を介して、管理コンピュータ41とホストコンピュータのCPU59が接続され……」(公報8欄39行~41行)と、〈2〉「CPU42には受付器用通信インターフェイス48が設けられ、この受付器用通信インターフェイス48を介して、一または複数の診療受付器1、1……が接続されて……」(公報7欄29行~32行)と、〈3〉「CPU42の出力側には、上記インターフェイス49を介して、コントローラ用通信I/Oポート53が設けられており、このコントローラ用通信I/Oポート53には、モニターコントローラ54が接続される。このモニターコントローラ54は、各診療科に設置されるモニター56、56……への出力制御を行うものであり」(公報8欄10行~16行)の記載とともに、〈4〉「上記の管理コンピュータが接続されていない場合、即ち、診療受付器1が一個のみで使用される場合には、上記受付番号の設定は、診療受付器のCPU21が、そのRAM23の各科現受付番号記憶部25に記憶されている受付番号に基づいて設定する。即ち、診療受付器のCPU21は、管理コンピュータ41が接続されていない場合には、該管理コンピュータ41のCPU42と同様の制御や演算を行なう。」との記載がある。したがつて、これらの本件発明の唯一の実施例の説明の記載に即して考えると、本件特許請求の範囲にいう受付器と管理装置は、いずれも単体でコンピュータ装置として独立の構成を備え、かつ、個別にその機能を実現し得る、ホストコンピュータとは別体のひとまとまりの機械装置として、発明の内容が開示されているものといえる。

次に、本件発明の解決すべき技術的課題(目的)について考えるに、本件明細書の発明の詳細な説明には、「初診患者であつても再診患者と共にその受付番号を設定することができるとともに、会計を終えないで帰宅した患者をその診療科で容易に把握できるようにし、加えて病院の規模に応じて一又は複数の受付器を任意に選択することのできる受付票の発行方法を提供するものである。」(公報3欄43行~4欄5行)との記載がある。右記載に照すと、本件発明において、管理装置を設けることを要件としたのは、コンピュータによつて初診・再診を問わず受診患者に受付番号を設定し、その設定された受付番号によつて受診患者の情報を一元的に管理し、特に受付番号情報と会計情報を有機的に連繋させ、会計を終えないで帰宅する不良患者を排除することにあることは明らかである。したがつて、受付番号情報と会計情報を有機的に連繋させ得るコンピュータシステムを構築した点にこそ、本件発明の技術的意義の最も重要なポイントがあるもとみなければならない。そして、その処理形態を具体的にどのように構成するかが本件発明において解決されるべき最大の技術的課題といわねばならず、それは単に管理装置をホストコンピュータと別体の機械装置として構成するか否かという、物理的な機械配置の問題のみに止まらず、ハードウェアとソフトウェアを統合して成るコンピュータシステムの設計思想にも大きく依存する問題である。

そこで、進んで本件特許出願当時のコンピュータシステムの技術水準について検討するに、コンピュータによる情報(データ)処理形態の発展は、コンピュータハードウェア技術の進歩に伴つて、〈1〉 各部門に配置されたコンピュータがそれぞれ全く独立した単体であり、相互の間での連絡や連繋は全く保たれていなかつた「非集中処理システム」の時代から、〈2〉 各所に配置されていたコンピュータを一か所に集中し、一台ないし少数台のコンピュータで業務を処理する「集中処理システム」の時代を経過し、〈3〉 現在はコンピュータやデータを地理的に複数の場所に分散配置し、お互いが相互に連繋しシステム資源の共用を行いながら、情報処理を実行する「分散処理システム」の時代になりつつあり、特に最近ではオンライン処理を利用したコンピュータネットワークによる分散処理システム化の傾向が顕著というべきである(昭和六一年一一月二〇日株式会社オーム社発行の「図解コンピュータ百科事典」一〇一六頁~一〇五二頁)。その詳細は次のとおりでる。すなわち、〈1〉 まず、オンライン処理化の点についてみると、コンピュータを利用したシステムの処理形態には、業務内容に応じていろいろな形態があり、データを処理する方法は、データの種類、量、発生頻度、場所などによつて異なること、これを大別するとオフライン処理(利用者が中央処理装置とつながつていない装置で行う処理であり、データ通信を利用しない処理)とオンライン処理(例えば中央処理装置と端末などが通信回線により結ばれており、利用者が中央処理装置とは離れた遠隔地の端末装置を利用して処理する形態であり、データ通信を利用する処理)の二つに分けられ、オンライン処理の方がオフライン処理に比べ、人手の介入が少なく、コンピュータが本来持つ処理の速さが十分に発揮されるため、多用される傾向にある。〈2〉 次に分散処理システム化の点についてみると、コンピュータの処理形態(データ通信システム)には、集中処理システム(中央のコンピュータの処理能力に依存するシステム)と分散処理システム(中央に大型のコンピュータを置き、これに小型のコンピュータなどを複数つなげて処理するシステム)があり、集中処理システムの処理形態には、情報の管理が容易、システムの構成が簡単、プログラムやデータなどシステムの標準化が図れるなどの利点がある反面、故障時の影響が大きい、システムが巨大化し、拡張性がない、処理業務が集中するため全体の効率が悪くなる欠点がある。これに対し、分散処理システムの処理形態は、従来、全て大型のコンピュータで行つていた処理を、複数の小型コンピュータにも分散して処理する形態であり、処理を分散することによつて、コンピュータの機能分散、コンピュータの負荷分散、ソフトウェア開発の負荷分散、障害発生時の危険分散といつた危険性を分散でき、その結果、集中処理システムの欠点を補い、全体の処理効率を上げることができる。そのため、端末でできることはなるべく端末で処理させようとする、分散処理システムが採用される傾向にある(一九九三年六月三〇日日本アイ・ビー・エム株式会社第二版第一刷発行「IBM研修シリーズ 基礎講座 コンピュータ・システム入門」八七頁、一三四頁~一三五頁。なお、前掲「図解コンピュータ百科事典」一〇一六頁~一〇五二頁にも概要同旨の記述があるから、本件特許の出願当時とほぼ同一の技術水準を示すものとみられるとともに、コンピュータ技術者にとつて極めて周知の技術常識であつたとみられる。)。また、《証拠略》によれば、医療の分野においても、右の傾向は顕著であり、本件特許の出願日である昭和六〇年一〇月一五日以前の段階で、既にホストコンピュータによつて受付番号を設定するコンピュータプログラムや患者情報を記憶するコンピュータプログラムが開発され、一部の病院のホストコンピュータに組み込まれ、端末装置から人手によつて受付情報を入力することによつて利用されていたこと、また、ごく僅かではあるが、ホストコンピュータに接続される再来患者受付機も開発され、一部の病院に導入されていたこと、昭和六〇年代に入り、それまで人手に頼つていた受付情報の入力部分を自動化する機器が続々開発され、それらをホストコンピュータに接続して病院の受付事務を自動化する再来患者受付機が急速に普及するようになつたことが認められる。以上を総合考慮すると、本件発明も、上述したコンピュータ・システムのオンライン処理化及び分散処理システム化の技術動向に沿うものであり、ホストコンピュータと小型コンピュータである管理装置及び診療受付器を階層的に組み合わせて、単一のオンライン処理システム若しくは分散処理システムを構築すことを主眼としたものと認められ、そのような本件発明の依つて立つ設計思想に照らして考えれば、本件発明の管理装置は、全体のシステム構成上、ホストコンピュータの下位にあつて、それとは別体の装置として分散配置されたサブコンピュータとして位置づけられるべきものと解される。

そして、更に、抽象理論的に右のようにいえるのみならず、《証拠略》によれば、原告が西脇市立西脇病院及び公立気仙沼病院に納入した本件発明の実施品であるとするコンピュータシステムでは、「管理装置」は、ハードウェアとして、本件、モニター、キーボード、プリンターから成るホストコンピュータとは別体の装置として構成され、右本体内に受付器の患者の投入したカードの記録情報を読み込む読み取り手段によつて読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、各診療科毎の現在の受付番号を記憶する記憶手段と、その受付番号記憶手段によつて記憶された受付番号をもとに各診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段の機能を実現するコンピュータプログラムが組み込まれ、右管理装置本体は通信回線(電線路)によつてホストコンピュータに接続されていることが認められる。

以上の諸事実を総合して考えると、本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」は、ホストコンピュータと別体のものに限られると解すべきである。

2  被告装置の構成及び作動態様

《証拠略》を総合すれば、被告装置の構成及び作動態様は別紙第二、三物件目録記載(両者の相違は、中継管理機の有無の点のみであり、中継管理機は単なるコード変換装置にすぎないから、両者は実質的には同一と認められる。)のとおりであると認められる。

原告は、被告装置の構成及び作動態様が別紙第一物件目録記載のとおりである旨主張し、同目録の構成一1において、「……管理装置8と一体化されたホストコンピュータ9……」と、同3において、「ホストコンピュータ9内の前記の管理装置8は、前記読み取り手段1によつて読み込まれた患者情報を記憶するコンピュータプログラムからなる記憶手段5、各診療科毎の現在の受付番号を記憶するコンピュータプログラムからなる記憶手段6と、その受付番号記憶手段6によつて記憶された受付番号をもとに各診療科毎の新たな受付番号を設定するコンピュータプログラムからなる受付番号設定手段7とを内蔵している」と表記し、被告装置が本件発明の構成要件〈2〉のホストコンピュータとは別体の機械装置である「管理装置」を具備していないことを自認している。

本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」と被告装置とを対比すると、被告装置にはホストコンピュータと別体の管理装置は設けられておらず、仮に被告装置によつて右管理装置と同一の機能を実現することが可能であるとしても、それはホストコンピュータに内蔵されたコンピュータプログラムによつて実現される機能にほかならない。したがつて、被告装置は、本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の構成を具備していないといわざるを得ない。

(原告の主張について)

原告は、ハードウェアとしてホストコンピュータ内に一体に組み込まれてはいても、コンピュータプログラムにより独立して本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」と同一の機能を果たしているものは、右「管理装置」に該当する旨主張する。しかしながら、コンピュータプログラムに関する発明については、その発明の成立性をめぐつて、プログラムされる前のコンピュータは、部品のウェアハウス(倉庫)にすぎないが、プログラムは、コンピュータに読み込まれたときにその物理的な構造の一部となつて、これらの部員を有機的・一体的に結合することによつて、特定目的に適合した具体的な装置を作りあげる配線又は接続手段と同一視することができるとする、いわゆるウェアハウス説があることはよく知られており(吉藤幸朔「特許法概説」第9版一三四頁)、原告の右主張は実質的にみれば、このウェアハウス説を言葉を代えて本件発明についても援用しようというところにあるものとみられるが、前記1に詳記した理由により原告の右主張は到底採用できない。

二  争点1(二)(被告装置は、本件発明の構成要件〈7〉の「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送ること」の要件を充足するか)

1  本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」の意義

本件発明の構成要件〈7〉は、「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送る」というものであるが、「ホストコンピュータから」の部分と「の情報を前記管理装置側へ送る」の部分は、「会計を終了した患者」の意義内容を説明するものとは認められないから、結局、本件特許請求の範囲には、「会計を終了した患者」の具体的内容を明らかにする記載はないといわざるを得ない。そして、「会計」の語は、「金銭・物品の出納の計算」の意味と同時に「飲食店などで代金を勘定して支払うこと」の意味も有する多義語である(広辞苑第四版四一四頁)。したがつて、本件特許請求の範囲の記載だけでは、右「会計を終了した患者」の具体的内容が明らかでないから、更に本件明細書の他の記載等を参酌してその具体的内容を明らかにする必要がある。

そこで、本件明細書をみると、発明の詳細な説明には、この「会計」の具体的処理手順に関する記載として、ソフトウェアにより実行される手順について、添付図面第6図のフローチャートにステップ127として、「会計窓口(ホストCPU)からの情報待ち」と記載されているのみであり、ハードウェアを構成する機械装置により実行される手順についても、「ホストCPU59側において、各患者の診察料の支払が終わると、その終了を管理コンピュータ41のCPU42側へ送信し、該管理コンピュータのCPU42では、これに基づいて演算を行い、各診療科の残り患者数を計算する」(公報8欄43行~9欄4行)と記載されているにすぎず、フローチャート等によつて会計処理の具体的手順を明確に示す記載もない。コンピュータの応用技術に関する方法の発明については、「ソフトウェアにより実行される手順とマイクロコンピュータ応用機器を構成するものにより実行される手順とが、順を追つて記載されていなければならない。」(特許庁の審査基準である「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての運用指針」の2・2・3「発明の成立性」の項)と解されるから、本件明細書において会計処理の具体的手順の説明は十分尽くされているとはいい難い。

しかし、本件明細書の発明の詳細な説明では、従来技術の問題点について、「大きな病院では、ホストコンピュータが設置されており、診察を終えた患者は、その診療科で受け取つた書類を会計窓口に提出し、この会計窓口で入力されたデータに基づいてホストコンピュータが診察料の計算を行なうようにしている。この場合、投薬を受ける患者については、その薬局の受付部で会計処理をしたことを確認できるが、かかる投薬を受けない者或いは投薬を放棄した患者については、各診療科と会計側との連絡がないため、会計処理を行わずにそのまま帰宅しても、病院側では把握できないという不都合があり、このように診察を受けながら費用を払わないで帰宅する患者が、各病院においてかなりの数に上る。この場合においても、上記のような再診受付器においては、やはり単純に各診療科の診療を受け付けるのみであることから、その日に受けた再診患者の氏名はその診療科で分かるとしても、会計を終了したかどうかについては、各診療科では把握できず、結局患者の良心に任せざるを得ないという不都合があつた。」との記載があり、本件発明の会計処理の作用効果については、「ホストCPU59側から、診療を終えた患者の会計が終了したという情報が送信されると、該当の受付番号を消去するとともに、各診療科の受付患者数をカウントダウンして、未診療患者の人数を減算する。したがつて、診療を終わつて会計を終えていない患者は、その該当受付番号がいつまでも残つているから、これによつて、診療費用を支払わないで帰宅した患者を把握することができる。」(公報12欄17行~29行)、「仮に診察を受けて費用を支払わないで帰宅する患者があつた場合でも、この管理装置側で容易に把握することができ、かかる不良患者の跳梁を排除できるという効果がある。」(同13欄5行~8行)との記載がある。したがつて、以上の各記載を総合して考えると、本件発明の会計を終了した患者の情報を管理装置側へ「送る」窮極の目的は、あくまでも「診療費用を支払わないで帰宅した患者を把握する」ことにあるものと解されるとともに、現行の社会保険による診療報酬制度のもとでは、患者が「診療費用を支払う」とはその「本人負担分」を支払うという意味であることはいうまでもないから、本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」とは、かような「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」を意味するものと解される。

(原告の主張について)

原告は、受付患者の情報をホストコンピュータに送るのは、病院側において当該患者が会計計算を終了したか否かを把握するためにこそ必要なことであり、患者の本人負担分の支払の有無を把握するためであれば、それは従来からも行われていたことであり、そのために新たなシステムまで構築する必要性はない、さらに、患者の本人負担分の支払の有無についても、従来のシステムによつて病院側で把握できていたのは、あくまでも会計計算を終了した患者についてのみであり、会計計算終了者については従来からもそれは不可能であつたのであり、本件発明によつて初めてそれが可能となつたということができるとして、本件発明の構成要件〈7〉の「会計を終了した患者」の「会計」とは「会計計算」をいうものと解すべきである旨主張する。

しかしながら、〈1〉 本件特許請求の範囲には「会計」とのみ記載されており、原告の主張するような「会計計算」とは記載されていないこと、〈2〉 原告が本件発明の目的として、その排除を目的としている、「診察を受けながら費用を払わないで帰宅する患者」の中には、そもそも会計計算すら受けない患者と、会計計算は受けたが本人負担分の支払をしない患者の二通りの場合が想定されるから、病院側からすれば、本件発明の目的を達成する上で会計計算の有無はさして重要な意義を有するものとは認められず、むしろ、現行の保険診療報酬制度のもとでは、患者の本人負担分の支払の有無こそ、その最大の関心事であるとみられること、〈3〉 本件明細書の発明の詳細な説明には、「ホストコンピュータが診察料の計算を行なう」(公報3欄17行~18行)との記載がみられる反面、「会計処理を行わずにそのまま帰宅しても」(公報3欄23行~24行)「会計を終了した」(公報3欄31行)「会計を終えないで」(公報4欄1行~2行)「会計処理を終えると」(公報4欄41行)「費用を払わないで」(公報3欄25行~26行)「診察料の支払が終わると」(公報8欄44行)、「費用を支払わないで」(公報13欄5行~6行)の各記載がみられ、用語の使用方法が統一的でないこと、〈4〉 病院にとつて、診察を終えた患者が会計窓口に出頭しなくとも、診察行為さえ済めば、社会保険給付分の診療報酬の請求は可能であり、「会計計算を受けていない患者」は、本人負担分の支払をしないからこそ問題となることを総合して考えると、本件特許請求の範囲記載の「会計」とは「患者の本人負担分の支払」の意味に解すべきであり、原告主張のような「会計計算」の意味に解すべき合理的理由はない。したがつて、原告主張は採用できない。

2  本件発明の構成要件〈7〉の「送る」の意義

(一) コンピュータ技術における情報(データ)通信の意味

一般に、データとは、理論の組みたてや計算のもとになる事実や数値をいうが、コンピュータの分野では、コンピュータが処理できる文字、数字、記号、図形を指す。これと似た言葉に「情報」があるが、これは「人間がデータに割り当てた意味」である。したがつて、コンピュータが行なうのは「データ処理」であり、その結果から人間が意味あるものとして得るのが「情報」ということになる。しかし、日常的には「情報処理」という言葉にもみられるように、両者は同じような意味で使われることが多い(一九九〇年三月一日第三刷発行「岩波科学百科」八五六頁)。そして、コンピュータで処理するデータは、そのままでは何の役にも立たない文字や数字の羅列にすぎないから、コンピュータは、それらを効率よく処理するために、データをフィールド(名前や住所などのように、データの意味ある最小単位で、何桁かの文字や数字からなる。)やレコード(プログラムで処理する際の一回の処理単位で、データを入力したり出力したりする単位ともなる。レコードが複数集り、ファイルを構成している。)といつた単位で構成し、ファイル(ある目的の処理がしやすいように、関係あるデータを系統立てて集めたもの)として、磁気ディスクや磁気テープなどの媒体に保存している(日本アイ・ビー・エム株式会社発行「IBM研修シリーズ 基礎講座コンピューター・システム入門」九八頁~九九頁)。したがつて、コンピュータ技術の分野において、情報(データ)を送ること、すなわちデータ通信とは、コンピュータや端末装置を通信回線で接続して情報の伝送及び処理を行うこと、換言すれば、データ処理後における当該データを有機的に連繋されたファイルとして、送り先の所望のデータファイルに格納し、或いは送り先に新規ファイルを作成することを意味するものと解され、そのシステム構成の一端には、コンピュータのファイル装置若しくは入出力装置が位置することになる(昭和六〇年三月五日・丸善株式会社発行「科学大辞典」九三七頁)。

(二) 本件明細書の記載

本件明細書の唯一の実施例中には、「57は、ホストCPU用インターフェイス、58は、ホストCPU用通信I/Oポートであり、この通信I/Oポート58を介して、管理コンピュータ41とホストコンピュータのCPU59が接続されて、該ホストCPU59と交信を行なうことができるようになつている。このような交信は、例えば、ホストCPU59側において、各患者の診察料の支払が終わると、その終了を管理コンピュータ41のCPU42側へ送信し、該管理コンピュータのCPU42では、これに基づいて計算を行い、各診療科の残り患者数を計算するというように用いられる。」(公報8欄37行~9欄4行)との記載とともに、「各モニター56は、一診療科を数分として各診療科の受付番号を順次繰返し表示する。従つて、一つのモニターを見れば他の科の受付番号を知ることができる。更に、後述するホストCPU59から会計終了の報告があれば、該当の受付番号を消去する。」(公報8欄28行~34行)との記載及び「ホストCPU59側から、診療を終えた患者の会計が終了したという情報が送信されると、前述したように、該当の受付番号表示を消去するとともに、各診療科の受付患者数をカウントダウンして、未診療患者の人数を減算する」(公報12欄17行~21行)との記載があり、右各記載に照らすと、本件発明の管理装置において、ホストコンピュータから送られた会計終了患者の情報に基づき、受診患者の受付番号情報と会計を終了した患者の情報が連繋され、その結果書き換えられ又は作成された情報の成果を格納するファイルが形成されていることは明らかであるから、ホストコンピュータと管理装置との間で1において述べた意味でのデータ通信が行われるものと認められる。

(三) 以上によれば、本件発明の構成要件〈7〉の「送る」とは、管理装置において、ホストコンピュータから送られた情報に基づき、その情報を格納するファイルを作成するか、或いはその情報と受診患者の受付番号情報と会計を終了した患者(本人負担分の支払までを完全に終了した患者)の情報とが連繋され、その結果書き換えられ又は作成された情報の成果を格納するファイルが作成さることを意味するものと解される。

(原告の主張について)

原告は、本件発明の構成要件〈7〉の「送る」とは、管理装置の一部であるメモリ上の特定番地の記憶域に記録された受付患者情報を、管理装置のメモリ上の特定番地の記憶域へ送り出すことを意味する旨主張する。しかしながら、確かにCPU(中央演算処理装置)はコンピュータの中核となつている装置で、主記憶装置から命令を一つ一つ読み出し、命令で指定されるロード、ストア、加減算などといつた基本的な処理内容を、つぎつぎと繰り返し実行するのであるが(「岩波科学百科」四七六頁)、それは当然の技術的要請であり、前記したコンピュータ技術における情報(データ)通信の意味からすれば、その中には単なるCPUやメインメモリ内でのデータの移動すなわちデータの転送は包含されないものと解されるから、原告主張は到底採用できない。

3  被告装置における受診患者の受付番号情報と会計を終了した患者の情報が連繋されたファイル形成の有無

(一) 横須賀市立市民病院のシステムについて

調査嘱託の結果によれば、同病院のシステムでは、本人負担分未払患者の情報はホストコンピュータに未収金登録されるが(別紙調査嘱託の結果の質問番号16(1)(2)の調査嘱託事項及び回答参照、以下この項においては質問番号のみを記す。)、本人負担分未払患者の情報と受付番号情報その他の患者情報は連繋していないと認められる(16(3)、16(4)、19、20(2))。

(二) 財団法人宮城厚生協会坂総合病院のシステムについて

調査嘱託の結果によれば、同病院のシステムでは、本人負担分の支払情報はコンピュータシステムに入力され、収納データベースに登録されるが(8)、会計情報(会計カード・収納データベース)と受付番号情報は連繋していないこと(16(3))、支払終了情報は他の事務処理のために利用されていないこと(20(2))が認められる。

4  被告装置と本件発明との対比

1ないし3の認定を前提に、被告装置と本件発明とを対比すると、被告装置においては、受診患者の受付番号情報と会計を終了した患者(本人負担分の支払までを完全に終了した患者)の情報とが連繋され、その結果書き換えられ又は作成された情報の成果を格納するファイルが形成されているとは認められず、しかも、前示のとおり、被告装置には、ホストコンピュータと別体の管理装置がないから、被告装置は、本件発明の構成要件〈7〉の「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送ること」の構成を具備していないといわざるを得ない。

三  結論

被告装置は、本件発明の構成要件〈2〉の「管理装置」の要件及び同〈7〉の「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ送ること」の要件をいずれも充足しないから、被告装置を作動させて診療受付票を発行する被告方法は本件発明の技術的範囲に属しない。

第五  結語

原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小沢一郎 裁判官 阿多麻子)

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